2015-11-19から1日間の記事一覧

世界の国からこんにちは(『恋人たちは濡れた』神代辰巳)

故郷って嫌だな。いや違う。ぼくを知っている故郷って嫌なんだ。もしぼくを知らない故郷があったらどうなるのかな。でもそんなことは無理だ。じゃあ、こちらから徹底的に知らないことにしよう。そうだ、自分が知らないと言えば、世界は見知らぬものになるん…

最大の悲劇(『赤心の歌』アル・クーパー)

自分でやりたいけど、自分では演奏しきれない曲を作ってしまった。自分が一番愛しているのに、自分にはそれを表現できる術を持っていないんだ。だからと言って、他のひとに渡したくはない。頭の中で奏でられる最高の歌は、自分を通して、ひどくつまらないも…

天国に一番近い時間(『'ROUND ABOUT MIDNIGHT』大友克洋)

今からくる?そう、いいね。腹がへったな。何か食べにいこうか。こんな時間に、どこがやっているかな。そうだ、あそこならまだやってる。あしたはどうしようか。まあ、いいか。ちょっと、寒いね。おまえの手袋貸してくれよ。あ、けっこういいやつ持ってるね…

戦争について(『あしたてんきになれ』松本隆)

雨の戦場はつらいのか。塹壕に隠れ照準機に目を括りつける瞬間、風が舞う中の甲板の上でロープを巻きつける瞬間、綿の布地から水が下着に染み込んでくる。雨が止めば止んだで、得られた広大な視界は、自分の姿をさらけ出すことと同じだ。あしたてんきになれ…

悪としての自然(『脱出』ジョン・ブアマン)

偽悪的でもなく露悪的でもない、純粋な悪。それが人里離れた村から放たれるのは、どうしようもなく凡庸なのだけれど、悪は純度が高ければ高いほど凡庸になるはずだ。だからこそ、ここで表現される悪は、全く的確なものとなる。その的確さは、自然までをも悪…